👍「裁判で勝ったから、あとは給与差押えをすれば安心」
現場を知る人は多くありませんのでこう思ってもしかたありませんが、実情をかなり誤解していると言わざるを得ません。
とくに養育費・慰謝料の不払いで元配偶者の給与を差し押さえようとするケースでは、
「第三債務者=元配偶者の勤務先」がキーマンになります。
ところが、この第三債務者の立場というのは「貰い事故」同然の理不尽なものであり、
回収の道のりが一気に険しくなります。
以下では、裁判所の実務で見えてくる給与差押えの流れと、
その裏側で静かにストレスを抱えている「第三債務者」の本音、
そして「脱・おふたりさま」的にどう考えるべきかを整理していきます。
給与差押えとはどういう手続きか
給与差押えとはどういうことができるのか
給与差押えは、簡単に言えば
「債務者の給料💰の一部を、強制的に債権者の取り分に回す手続き」です。
- 給与差押えが利用できるケース例
- たとえば、養育費を全く払わない元夫がいて、
裁判や公正証書で「毎月○万円払う」と約束しているのに守らない。
この場合、債権者(あなた)は、元夫の勤務先に向けて
「この人の給与の一部を、私に回してください」と
裁判所を通じて命令を出してもらうことができます。
ただし、給料の全額を差し押さえられるわけではありません。
最低限の生活費として守られる「差押禁止範囲」があり、
残りの部分について、一定割合まで差押えが可能になる、というイメージです。
給与差押えの登場人物
給与差押えには、主に次の3者が登場します。
給与差押え手続きでの登場人物
✅債権者:養育費・慰謝料など「もらう側」
✅債務者:支払いをしない「元配偶者」など
✅第三債務者:債務者の勤務先(会社・事業所など)
実際の手続きでは、ここに「裁判所」が加わります。
①債権者が裁判所に差押命令の申立てをする
②裁判所が差押命令を発令し、「第三債務者」と「債務者」に送る
③第三債務者が、命令に従って給与の一部を差し引き、債権者に支払う
この「第三債務者」が、話の中核です。
給与差押えの手順
ざっくりした流れは次の通りです。
- 給与差押え手順
- 1 債務名義を用意する
判決・和解調書・公正証書など、「払え」と命じる正式な書面が必要です。
2 給与差押えの申立て
債権者が、債務者の勤務先を「第三債務者」として裁判所に申立てます。
3 差押命令の発令
裁判所が書類を審査し、差押命令を出します。
命令書は、勤務先(第三債務者)と債務者本人に送られます。
4 第三債務者が対応
勤務先は、
- 給与額の報告
- 差押禁止範囲を計算し、差し引くべき金額を算出
- 毎月、差し引いた金額を債権者へ支払う(または供託する)
といった事務を行います。
5 債権者が回収
差し引かれた給与分が、少しずつ債権者の手元に入ってきます。
書いてしまうとシンプルですが、現実はかなりの手間と時間がかかります。
給与差押えをすれば取り立てができるのか
ここが大きな勘違いポイントです。
「差押えさえすれば、あとは機械的にお金が入る」と思いがちですが、
実際には、
😒第三債務者が協力的でない
😒債務者が退職してしまう
😒そもそもの給与が低く、差し引ける金額がわずか
😒既に他の差押えが入っていて供託されてしまう
といった理由で、期待したようには回収できないケースがかなり多くあります。
「第三債務者」という不憫な立場に置かれた人たち
無関係な争いに巻き込まれる「第三債務者」
第三債務者である勤務先の立場からすると、「ある日突然、裁判所からややこしい書類が届いた」というのが正直なところです。
会社にとっては、
😡自社のトラブルではない他人同士の紛争に巻き込まれる
😡社員の個人的な事情に深く踏み込まざるを得ない
😡差押え命令に書かれているルールで債務者の給与計算をせねばならず、毎月の事務を増やされる
という、大変ありがたくない話です。
とくに中小企業や個人事業主レベルだと、「法務部も総務専門担当もいないのに、いきなり裁判所?」と、強い嫌悪感や不信感を抱くことも珍しくありません。
差押えがあるということが事前にわかってしまったら債務者が何らかの形で財産を隠蔽するおそれがあるため、これから差押えがされるという事実を原則として債務者は事前に知り得ません。
当然ながら「第三債務者」も知り得ません。
そんな「第三債務者」のところへ、ある日突然「債権差押命令」という穏やかでない名称の書面が届きます。
一般的には債務者よりも先に「第三債務者」に届きます。
債務者という言葉に良いイメージを持つ人はいないと思いますが、自社が「第三債務者」として表示された書類が裁判所から送られてきたらそりゃビックリすることでしょう。
おそらくは、まず自社の社員である債務者本人に「なんじゃこれは!」と聞くことが想像されます。多分、債務者本人も急な話で予期しておらず、しどろもどろな返答になるでしょう。
そして、債務者の説明では要領を得ないと判断した「第三債務者」が次に問合せをするのは裁判所です。
問い合わせ内容としては「うちとしては何をどうすればいいの?」が大半ですが、その中で
「第三債務者って何だよ」 「何で債務者なんだよ」
といった発言がでてくるのです。
会社にしてみれば「自分たちには何の非もないのに債務者とは何事か!」というお気持ちになるようで、ご立腹なケースが多かったのも仕方ないかなと思います。落ち着いていただくために、1時間以上ただひたすら話を聞くなんてこともありました。
こんなことをしなければならない「第三債務者」
第三債務者がやるべきことは、実務レベルではかなり細かいです。
第三債務者がやらされること
✅裁判所から届いた差押命令の内容を理解する
✅社員の給与明細・手当・残業代・賞与などを洗い出す
✅差押禁止範囲を計算して、差し引ける金額を算定する
✅裁判所に対して「陳述書」や「回答書」を作成・返送する
✅その後、毎月の給与計算時に差押え分を控除し、支払い手続を行う
これを、法律の専門家でもない会社が、本業の合間にこなさなければなりません。
しかも、
支払いのミス(債権者への支払いを忘れて債務者に給与全額払ってしまった、など)に関しては、「第三債務者」に二重支払の義務が発生するおそれがある
というプレッシャー付きです。
「第三債務者」が負うリスク
第三債務者にとってのリスクは、ざっくり言うと次の三つです。
【法的リスク】
命令を無視して債務者に満額の給与を払ってしまうと、
「本来差し押さえられるべき分について、会社も責任を負うべきだ」
と追及されかねません。
【事務負担・コスト】
人事・総務担当者の手間は増えますが、
その分の費用がどこかから出るわけではありません。
会社から見れば「完全な持ち出し」です。
【社内の人間関係リスク】
「〇〇さん、給与差押えになっているらしい」といった噂や、
上司の心証悪化、評価への影響など、
債務者本人にとっても痛い状況が生じます。
こうした背景があるので、
第三債務者が内心「怒っている」「正直関わりたくない」と感じるのは、
ある意味で自然な反応とも言えます。
「第三債務者」の本音
給与差押え命令を受け取った「第三債務者」は何を考えるか
勤務先が差押命令を受け取った瞬間、
頭の中に浮かぶ本音はこんなところでしょう。
💢「裁判所なんて関わりたくない」
💢「面倒な仕事が増えた」
💢「この社員、何をやらかしたんだ…」
💢「計算をミスったら責任を取らされるのでは」
とくに中小企業の経営者や総務担当にとっては、
日々の業務だけでも手一杯なのに、
いきなり法律文書を読まされ、期限付きで回答を求められるわけです。
中には、
😠債務者本人に「何とか相手と話をつけて、差押えを取り下げてもらえないか」とプレッシャーをかける
😠「こういうトラブルを抱える人は困る」と評価を下げる
😠契約社員・パートの場合、更新を見送る方向に傾く
といった対応をする勤務先も、現実には存在します。
実際に現場で対応していた際にも、「そんな面倒くさいこと、うちみたいな小さい会社でやれるわけないだろ! もう、この社員には辞めてもらうしかないよ!」と電話で怒鳴り散らされたこともありました。
給与差押えが、債務者の「職場での居場所」をなくし、結果として債権回収ができなくなることも多いのです。
債務者が置かれる状況とは
債務者本人は、差押えが始まると
✔手取りが減る
✔職場に個人的な事情が知られる
✔上司や同僚からの目線が変わる
といったダメージを受けます。
追い詰められた債務者が取りがちな行動は、残念ながら
✔会社を辞める→別の勤め先に移る
✔そもそも正規の就労を避けて、現金収入の日雇いやバイトに流れる
といった方向です。
債権者からすると「やっと給与差押えまでこぎつけたのに、退職されて終わり」という展開は珍しくありません。というか多いです。
こうして、「第三債務者が怒っている」「債務者も逃げる」という負のスパイラルに入り、回収は一段と難しくなります。
手間をかけた給与差押えの行く末
差押えの目的であるゴールに辿り着けるのか
本来、給与差押えのゴールはシンプルです。
未払い分の養育費・慰謝料をできるだけ回収し、今後も継続的に支払わせること。
しかし、現実の到達点は、かなりブレます。
債務者が低所得で、毎月差し押さえられる額がごくわずか
退職・転職を繰り返され、差押えのやり直しになる
勤務先が非協力的で、書類のやり取りだけで消耗する
その結果、
何年もかけて少額ずつしか回収できない
差押えの手間とストレスに比べて、見返りがあまりにも小さい
という案件ばかりが目に付くことになります。
もちろん、うまくいく例もあります。
安定した企業に勤めていて、第三債務者も淡々と事務処理をしてくれる場合は、一定の回収が期待できます。
ただ、「給与差押えをすれば安心」というほど、単純で確実な手段ではない、ということは押さえておくべきです。
財産開示手続きは有効に機能しているのか
給与差押えがうまくいかないと、
「じゃあ財産開示手続きで、相手の財産を洗いざらい出させればいい」
と考える人もいます。
しかし、これも現場レベルでは
そもそも相手が出頭しない
出てきても「財産はありません」と言い張る
罰則はあるものの、抑止力としては弱い
といった限界があり、
「魔法の杖」と呼べるほどの効果を発揮しているわけではありません。
財産開示手続き自体も、申立ての手間・時間・費用がかかります。
その割に、「新しい情報はほとんど得られなかった」というケースも多いのです。
まとめ ― 「脱・おふたりさま」的な視点から
ここまで見てきたように、
給与差押えは、法的には強力な手段だが、実務上はハードルとリスクが多い
第三債務者(勤務先)は、巻き込まれ役として大きな負担を負い、しばしば不満や拒否感を抱いている
債務者は職場での立場を悪くし、最悪の場合は退職・転職で逃げる
結果として、債権者が期待するほどの回収に至らないことも多い
というのが、冷静な現実です。
「脱・おふたりさま」の立場から言えば、メッセージは明快です。
慰謝料・養育費は、法的には「もらえるはずのお金」だけれど、
実務的には「取り立てが難しいお金」でもある。
だからこそ、
法的手段を知っておくことは大事
いざというときに、給与差押えというカードを切れる状態にしておくのも大事
その一方で、
それだけをあてにしないこと
自分自身の収入源・キャリア・働き方をどう組み立てるか
シングルになっても食べていける力を、少しずつでも積み上げておくこと
ここを外してしまうと、
「裁判で勝ったのに、生活は全く楽にならない」という
非常に苦い現実に直面することになります。
給与差押えは、あくまで最後の手段の一つにすぎません。
元配偶者と裁判所と第三債務者を巻き込んだ、
長くて消耗の大きいゲームに人生を縛られないためにも、
取れるものは取りつつ、
それとは別に「自力で稼ぐ柱」を増やしていく
この二本立てで考えることが、
本当の意味での「脱・おふたりさま」への近道なのだと思います。