「弱い人の味方になってくれるのが裁判所」
そう信じている人は少なくありません。
しかし、実際の裁判の現場を内部から見てきた立場から言えば、
訴訟手続は「結構冷たく、現実的」です。
特に民事事件に関しては、温情的判断がされることはまずありませんし、裁判官は、同情や感情では動けないのが原則なのでそこは仕方ないと割り切ったうえで、自身の戦略を考えていくしかありません。
まずは裁判をするかしないかを判断する前提として、裁判所や弁護士が何を軸に動いているのかということについての認識は持っておいた方がよいでしょう。
裁判所は誰の味方か
裁判所は証拠のあるほうの味方
裁判所は正しいことを言った人や弱い人の味方ではありません。
そもそも「正しい」とか「真実」とかいうものは当事者の立場によって判断が変わるものです。また「弱い人」という概念も曖昧です。仮に裁判所が世間一般の意見や感覚をもとに「弱い人」へ有利な判決を出すとしたら、銀行を始めとした金融機関は中小企業や個人にお金を貸しません。
では裁判所が誰の味方かというと『自分の言い分を証明した方の味方』です。「味方」だとちょっと語弊がありそうなので『証明した方を信用する』とでもしましょう。
厳密には「主張責任」や「立証責任」などといった法律的な考えが出てくるのですが、当ブログではそういった難しい専門的用語を知らなくても理解していただけるように話を展開しますので解説は割愛します。
これはある意味公平だと思います。
お金持ちかどうかでもなく、学歴があるかないかでもなく、美醜の差でもなく、性格の良し悪しでもなく、涙を流した量の多少でもなく、客観的な判断材料を持っているかいないかで決まるのですから。
実際に、「原告は弁護士差依頼して代理人付き、被告は代理人なしの本人訴訟」という案件で、被告本人が的確な証拠を示して自分の主張を証明し、原告の請求を打ち負かした訴訟も目にしてきました。(原告代理人がかなりポンコツだったというのもありましたが…)
あなたがどれだけ辛い思いをしても、どれだけ相手がひどい人間であっても、自分に主張を裏付ける証拠が乏しければ裁判所はあなたの言い分を認めることはできません。
裁判官の立場
裁判官は、争いの当事者とは「赤の他人」です。「赤の他人」である以上、当事者同士の間で過去に何があったかなんて知る由もないですし、タイムマシーンに乗って当時の状況を見に行くことも出来ません。
なので、双方の主張の是非を判断するための拠り所とするものが必要となり、当事者はそれを「証拠」として裁判官に示さなければならないのです。
裁判官も人間ですから、心の中でどちらかに同情するような気持がゼロではないかもしれません。しかし、判決における判断基準になるのは「気持ち」ではなく「証拠に基づく事実」しかありません。
だから、結果として「弱いほう」ではなく「証拠をきちんと出せたほう」に有利な判断を出すしかないのです。
どんな証拠ならいいのか
では、「証拠」とは具体的にどんなものがあるのか、イメージしやすいものから挙げてみます。
- 契約書・念書・合意書などの書面
- 領収書・明細書・給与明細・通帳といった類のコピーなど
- LINEやメール、SMS・DMなどのメッセージ履歴
- 通話録音、打ち合わせの録音データ
- 写真・動画・監視カメラなどの映像
- 日記やメモ(日時や経緯が具体的に示されているもの)
- 第三者の証言
また、証拠の中でも「強めのもの」「弱めのもの」とがあります。一例としては次のような感じです。
- 公正証書といった公的文書:かなり強い
- 相手が自分で書いた文書・メール等:強め
- 自分の日記・メモ:補助的(他の証拠と併せて評価)
証拠になりそうなら何でもいいのではなく、「自分の言い分を裁判官に納得させるに足る」ものでなくては意味がありませんが、完璧な証拠がなくてはダメというわけでもありません。小さい証拠でも「点を集めて線にしていく」イメージで立派な証拠になり得ます。
弁護士なら私の味方だよね
弁護士なら私の味方なのか
もちろん弁護士は依頼者の代理人として、あなたが有利な判断を受けられるように奔走してくれます(多分)が、ここにも誤解が生まれがちなポイントがあります。
弁護士は「依頼者のために最善を尽くす」存在ですが、だからといって「あなたの言い分をそのまま信じてくれる人」かどうかはまた別問題です。
弁護士としての普通の感覚を持っていれば次のような事柄を見ているはずです。
- あなたの話の信憑性
- 集められる証拠の内容と量
- 相手側の反論が予想されるポイント
- 裁判になったとき、現実的に勝ち目があるかどうか
つまり、弁護士も結局は「証拠」をベースに判断します。あなたがどれだけ「本当にあったことなんです!」と訴えても、証拠が乏しければ
- 「この主張は立証が難しいです」
- 「ここまで請求額を下げた方が現実的です」
- 「訴訟より示談交渉で着地を狙った方がいいかもしれません」
といったアドバイスになることも十分考えられます。
それはあなたを裏切っているのではなく、「裁判所がどう見るか」を冷静に見積もって妥当な判断をしているだけです。
弁護士に依頼すれば証拠も何とかしてくれる?
何とかしてくれません。
ここもよくある誤解ですが、残念ながら弁護士は魔法使いではありません。裁判官と同様に、弁護士もそもそもは争いの当事者ではないのですからその争いに関する証拠を持っているはずはなく、弁護士にそこまで頼れないのは致し方ないと思います。
弁護士ができるのは
- どういう証拠があると有利か、を教えてくれる
- あなたのスマホや書類から、証拠になりそうなものを一緒に探してくれる
- 裁判所を通じた資料の開示請求など、法律上の利用できそうな手続きを提案する
といった「証拠集めの設計とサポート」です。
ですから、あなたの手元に何も残していない、LINEも消してしまった、書類も捨てた、という状態だと弁護士も打つ手が限られてしまいます。
なので本当に大事なのは
「トラブルになりそうだ」と感じた段階から自分で証拠を残す意識を持っておくこと
です。
このように、弁護士に委任したからといって何もかも丸投げにできるわけではないということは認識しておいてください。
証拠を用意できなければ全くダメなのか

証拠がないと戦えないか?
全くダメでもないんですが、厳しいとは思います。
証拠がないと厳しいのは事実。でも「完全にゼロ」というわけでもない
という微妙なラインです。
裁判では「権利を主張したが側が証拠を出す」必要があるので、証拠がないと戦いにくいのは間違いありません。
しかし、
- 当事者本人の供述(あなた自身の証言)も「証拠」の一種
- 小さな証拠を積み重ねて「状況証拠」として評価してもらう
- 相手の主張の矛盾をついて信頼性を下げる
といった戦い方もなくはありません。
また、「証拠が決定的ではないから絶対に負ける」とも限らず、相手の出してくる証拠があまりにお粗末であれば、あなたの供述の方が信用されるケースもあります。
とはいえ、やはり「証拠があるほうが圧倒的に有利」であることは事実です。
証拠がなくても戦える可能性があるケース
説明のために事例を挙げてみます。
- 説明のための具体例
- 原告であるあなたが、被告に対して100万円貸したのに返してくれないので弁護士に委任し裁判を起こすことにしました。
弁護士からは「100万円貸したという証拠を用意するように」と言われました。
そこで、証拠となりそうなものを探してみました。その結果は以下のとおりです。
1 貸した日や、貸した際に念書を書いてもらった記憶はあるが、その念書が見つからない
2 貸したお金は自宅の金庫に保管してあった中から出したので、通帳に金融機関から100万円相当額を引き出した履歴が残るといった客観的証拠もない
3 貸したときは自分と被告と二人だけでやり取りしたので、何か証言してくれる第三者もいない
4 上記のとおり証拠らしい証拠はないが、ずっと日記を付けてきた習慣があり、貸した日の欄に「100万円貸した」旨の記述が」ある。
このような状況のもと、貸してから10年近くが経過しようとしており時効の関係もあるので、とりあえず裁判所に訴状を提出しようと弁護士から提案されそれに従いましたが、証拠としてはかなり手薄な日記の写しと、訴状のみの提出になりました。
- 訴状提出後の流れ
- 無事に訴状は受理され民事の担当部署も決まりました。
原告からの訴状を受理すると、裁判所は相手方である被告に対しその訴状を「特別送達」という書留郵便の厳重版のような方法で郵送します。(この特別送達には、郵便物を受け取った人や受け取った日時の訴訟手続上の証明力があります)
訴状には「第1回口頭弁論期日(法廷で裁判が開催される日)呼出状」という書面が同封されるのですが、その書面では「〇月〇日までに答弁書を出せ」という趣旨の文言が記されています。
「答弁書」とは、訴状で原告が求めていること(今回の事例で言えば「原告が被告に100万円貸したから返せ」ということ)に対して、その請求内容を認めるとか認めないとかいった、被告側の反論・意見を述べる書面です。
★証拠がなくても大丈夫な例【相手が争わない】
上記の流れを経て、第1回口頭弁論期日を迎えました。
そして、被告も出頭し、原告の請求は全部認める(100万円借りて確かに返してない)旨の発言をしたとします。
あるいは、被告は出頭しなかったものの答弁書は提出されており、その答弁書中で原告の請求を全部認めるという記述があるとします。
要は、被告が「そうなんだよ、原告の言うとおりなんだよ」と言っちゃってる場合です。原告の言い分を被告が同意して認めている以上争いはないのですから、改めて証拠を出して原告の請求を正当化する必要はないわけです。
このケースだと、原告側で証拠書類の提出をしなかったとしても、原則、原告の請求は認められる判決がでます。
判決主文の内容としては「被告は、原告に対し金100万円を支払え」といったものになります。
判決の形式としては「調書判決」とか「認諾調書」(これは「判決」とはちょっと違います)とかいろいろありますが、原告の請求が認められるということには変わりありません。判決だと当日中に言渡されることも多いです。被告が出頭していると、場合によっては判決言渡しの前に一旦「和解期日」が開かれたりすることもあります。
★証拠がなくても大丈夫な例【相手からなんの反応もない】
このパターンでも第1回口頭弁論期日が開かれるのは同じです。
ただこちらの場合は、訴状を受け取ったにもかかわらず被告が口頭弁論期日に出頭せず、答弁書も出さずでなんの反応もしてきません。
「擬制自白」といった法律的な表現をします。ものすごくざっくり言うと「何も反論しないなら認めるってことだよね」的なことです。
このケースでは被告側の反論等がないままでも「弁論終結」といって裁判手続が終了し、判決言渡し期日が指定されます。こちらも、原則として原告の請求どおりの判決が言い渡されます。(※ただし、裁判官によっては貸したという根拠が薄すぎると感じて、補充の証拠を出せと求める可能性もあります。)
こちらのパターンが【相手が争わない】パターンと違うのは、被告の真意がわからない点です。
それでも、判決が被告に送達された後もそのまま被告からの反応がなければ、一定期間経過後に判決が確定します。こうなれば被告はもう争うことができないので、原告が証拠を提出する必要もなくなります。
書記官として仕事をしていた際にこのパターンでよく見かけたのが、判決を受け取って慌てた被告が控訴するといった案件です。
控訴する被告の考えとしては
- 訴状を放置してしまってて出頭しなかったけど、借りてないから争うぞ
- 確かに借りたけど、ちょっと話し合いしてもらって、で分割とか少し減額とか検討してほしいなぁ
- ちょっとまったーっ、判決なんて送られてきちゃってどうしよ。とりあえず時間稼ぎ!
と様々だと思います。
ただ「争うぞ」の場合だと、原告であるあなたは残念ながら臨戦態勢に突入せねばなりません。貸したときの念書を探し出すなどの、とにかく何か客観的なもっと強い証拠を用意しなくてはならなくなります。
そうしないと「100万円を貸した」という事実を第三者である裁判官に納得させることができず、100万円を返してもらう根拠がないという判断を受けることになってしまうかもしれません。
自力でなくても証拠を作れるケースもある
探偵事務所(興信所)という選択
自分の主張を証明する証拠は自分で用意しなければならないという話をしてきました。
「自分で」というのは、必ずしも自力で見つけたり探したりするものばかりを指すのではありません。自分以外の第三者が関与した証拠であっても、裁判所がそれを証拠として認めればなんら問題はないのです。
その最たるものとして「探偵事務所(興信所)が作成した調査報告書」が挙げられるでしょう。不倫等が絡んだ案件では大きな威力を発揮します。
探偵事務所(興信所)のやってることは違法では?
いいえ、違法ではありません。
「他人を尾行したり張り込んだり、そんなストーカーみたいな行為が許されるのか!」という話を聞いたことがありますが、公安委員会に届けを出し、探偵業法に沿って業務を行っているのであれば、それは法律で認められた行為なので違法でもなんでもないのです。
それどころか、優秀な探偵事務所が作った調査報告書であれば、裁判の証拠として実に大きな武器になりえます。
もちろんそれなりの費用はかかるので依頼にあたっては検討しなければならないでしょう。しかし、この証拠があることで、裁判にしなくてもこちらの要望がほぼ通るような結果をもたらしてくれる可能性も非常に高いのです。
探偵事務所(興信所)の調査報告書が力を発揮するのは、不倫等の男女関係系の事案になると思いますが、探偵事務所の業務は多岐にわたります。「浮気調査」をはじめとし、「人探し」「ストーカー対策」「信用調査」「素行調査」など、結構いろいろな依頼に応じてくれます。
もちろん、法律の縛りがありますので業務の限界はありますが、何か困り事があった際には探偵事務所に相談してみることで、案外早く悩み事が解決できるかもしれません。
もう一度、諦めず何かないか探してみる
とはいえ、自力で証拠を揃えられたほうが、費用もかからず経済的なのは確かです。
もし、どうしても裁判をしたい、しなければならないような状況になった時にはとにかく自分の周りにある証拠になりそうな物たちを、片っ端から集めておきましょう。
厳密には「証拠能力」とか「証明力」とか法的に考えるべき問題もなくはないですが、基本、ありとあらゆる書面、モノが証拠になる可能性があるのです。
「契約書」や「合意書」といった相手と取り交わした書面はもちろんのこと、「日記」「自分で手書きしたメモ」「何かの印刷物」などのちょっとした書面でもいいのです。
また、証拠になりうるものは無制限とされており、書面以外のものでもOKです。録音したものや録画したものも証拠として扱われる可能性が大きいです。
ただ、証拠として最も重要視されるのは「書面による証拠」なので、「あの時のやり取りを残した紙が何かなかったかな」をよーく考えて思い出しましょう。「こんなものゴミだよね」としか思わなかったものが重要な役目を果たしてくれるかもです。
まとめ
裁判を起こすって、何となく想像できるでしょうがやはり大仕事です。
裁判を起こす人の多くが弁護士に依頼していますが、それで自分が何もしなくてもいいわけではないことがおわかりいただけたかと思います。
仮に、あなたに法律的素養がある程度あって、自分で訴訟手続を全部やれると思っても、「主張書面の作成」「証拠の準備」「相手方代理人との対応」「裁判所の指示の正確な把握」など骨の折れる作業が山積みです。それらを仕事の合間にやるとなったら、余程の精神力と体力がないとなかなか厳しいでしょう。
頑張ったからといって勝てるという保証もありません。
裁判を起こすかどうかは、「証拠をきっちり準備できるか」「勝算があるか」「そもそも本当に裁判にしないと解決できないのか」などをよくよく検討してからがいいと思います。